これまでの歩み

2006年 07月 青木亮輔、木田正人、水出健二、井上大輔の4名が東京都森林組合を退職し、「東京チェンソーズ」を創業。社名は泊まり込みの会議を経て決定。代表・青木は当時29歳。
創業メンバー4人
10月 初の社員旅行で箱根・湯河原へ。
12月 社用車1号「ホンダ・アクティ」導入。

2007年 03月 檜原村建設工事等競争入札参加資格を得る。村での最初の仕事は時坂地区・村道沿いの草刈り。
11月 森林組合時代の先輩に古民家を借り、時坂事務所スタート。当初は玄関周りと8畳間のみの使用。

2008年 06月 2度目の社員旅行で沖縄へ。その日、沖縄は梅雨明けした!
08月 4人の森林組合時代の同僚・木住野が入社。
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2009年 04月 東京都競争入札参加資格(物品等)を得る。
12月 東京都知事より林業事業体の認定を受ける。

2010年 03月 全国森林組合連合会より林業事業体の認定を受ける。
木住野退社。
06月 都の地域人材育成制度を利用し、新人3名(吉田、田丸、森谷)を採用する。当時の吉田は31歳、一児のパパ。外資系コンサル会社8年のキャリアからの転身。田丸は東京農大を卒業後、アルバイト2ヶ月を経ての本採用。森谷は当時19歳。偶然見たテレビのニュースで「チェンソーズで働く広島出身の田丸」を観て、「地元の俺を差し置いて!」との熱い思いから応募。
07月 創業メンバーの水出、井上が独立。林業事業体「木林士」を立ち上げる。
07月 地元・檜原都民の森で初のツリークライミング体験会を開催。

2011月 02月 法人化。「株式会社 東京チェンソーズ」となる。
04月 徳間書店より「今日も森にいます。東京チェンソーズ」が出版される。その後2014年絶版。
12月 公式Facebookページスタート。最初の記事は「いいね!」7。

2012年 05月 3回目の社員旅行。特急「踊り子」号で伊豆・熱川へ。
07月 都の地域人材育成制度を利用し、新人1名(飯塚)を採用する。採用の決め手は「インドを自転車で旅したこと」との説も。
12月 田丸が卒業。地元・広島で林業をやっていくため、測量・調査等の技術を身につけるべく「合同会社 多摩の山守」へ転職。

2013年 01月 緑の雇用トライアル枠で1名(青柳)を新規採用する。大手の広告営業27年のキャリアを経て、現場仕事に加えて「東京美林倶楽部」事業を中心に担当。
02月 多摩木材センター協同組合の荷主登録を完了。番号は「55」
03月 多摩産材認証の登録事業者認定を受ける。
05月 都の地域人材育成制度を利用し、新人1名(大塚)を採用する。入社時の目標は「林業で死なないこと、新しいことに挑戦すること、笑顔でがんばること」。

2014年 05月 山と渓谷社より「林業男子」が出版される。「東京美林倶楽部」や「おもちゃヴィレッジ構想」などについて紹介される。
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07月 林業経験4年の佐田を中途採用。
07月 都の地域人づくり制度を利用し、新人2名(伏見、加藤)を採用する。先にアルバイトとして入社した沖倉、高田に加わっての新人4人体制となり、切磋琢磨の日々。
11月 構想から5年、「東京美林倶楽部」の第1期会員募集開始。

2015年 03月 アルバイトの沖倉を社員として本採用。
04月 アルバイトの福島を社員として本採用。
04月 東京美林倶楽部 第1期スタート。
08月 木工の勉強に専念するため、福島がアルバイトに戻る。
12月 実家の製材所を手伝うため、沖倉が退社。

2016年 02月 一身上の都合により、青柳が退社。
04月 東京美林倶楽部 第2期スタート。
07月 事務職アルバイトとして竹本、森の2名を採用。事務専任での採用は初の試み。
08月 現場技術者を3名アルバイト採用(城定、細田、宮下)。いずれも26歳。

2017年 02月 事務職アルバイトの竹本を社員として本採用。
04月  東京美林倶楽部 第3期スタート
07月  アルバイトの城定、細田を社員として本採用。宮下は家業を手伝うため退社。

参考リンク:
・東京チェンソーズの初代公式ホームページ
・東京チェンソーズの初代公式ブログ「チェンソーズに明日はない」
・2代目公式ブログ「LIFE」
・新人限定ブログ「チェンソーズ on the hill」

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